ミサワファンドをUFJ銀行が拒否

 UFJ銀行が、ミサワホームが資金繰りで困っているため優先株の発行を検討している時にミサワホームの有志の間で、ファンドを作る動きが出ていた。昔、ミサワホームが第一次石油ショックで資金繰りに困っていた時にある社員(後で役員になる)は自分の家を担保にして資金を出していたというケースもあったが、同じような愛社精神から出た行動であった。専務をした山澤興英氏(事務系)、加藤善也氏(技術系)が代表になって、04年11月15日に出来た。三沢氏は参加しなかったが250人の匿名社員とOBが参加した。金融に強い小竹弁護士と樫谷公認会計士事務所が世話役になってまとめた。

 資金は保険のクレジット・スイス、米国の穀物商社「カーギル」、同じく米国の大手ファンドの「オ−クツール」の3グループが三千億円づつ出してくれることになった。このうち「オークツール」は通産省(現経済産業省)出身の代議士がトヨタ自動車を説得に行ったところ、逆にトヨタ自動車の説得にあって駄目になった。このため六千億円は出せる状態だった。三千億円のファンドを作り、小竹弁護士が11月26日にUFJ銀行に申し込みに行った。27日に記者会見をして発表した。すべての債権、不動産について買い取るというものである。

 ところがUFJ銀行は11月29日に断わってきた。

 ミサワファンドの動きと合わせるようにトヨタ自動車の動きも激しくなった。代議士を使ってのファンド潰しだけでなく、いかにトヨタ自動車に有利に買収できるようにするかの動きがいろいろと出てきた。
 

このため水谷社長は杉原常務立会いのもとで
 「役員皆が三沢名誉会長に辞めていただきたいと思いますが、いかがいたしましょうか?」
 と言って来た。三沢氏は辞めると会社が困ると思って
 「私が辞めても良いのですね」
 と2度ほど念を押した。
 水谷社長は
 「結構です」
 と答えた。三沢氏は04年8月6日に名誉会長を辞任して全くミサワホームと縁がなくなった。

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