産業再生機構入りを警戒した三沢氏

三沢氏はミサワホームを産業再生機構にだけはいれたくは無かった。産業再生機構にいれなくても再建は可能と判断したからだ。UFJ銀行やトヨタ自動車とは判断が違っていた。産業再生機構に入ると信用不安で受注が少なくなるし、お客が逃げてしまう心配がある。その上に経営者の責任が問われるようになってしまう。金融庁が作った「私的整理のガイドライン」で一行の金融機関に被害が及ぶのは責任が無いが、複数行の金融機関に及ぶ場合は経営者の責任が問われることになる。

 こうしたことからなんとしても再生機構には絶対反対だった。だから三井物産の堀野・元副会長が来て再生機構には入れないというので喜んでトヨタ自動車の豊田名誉会長、奥田会長にお礼の手紙を書いたほどである。

 しかし、産業再生機構に向かって進んでいた。04年11月19日にミサワホームは05年3月期の中間決算を発表した。それによると経常利益は220億円、税引き後の利益は100億円という結果であった。産業再生機構に行く決算ではない。三沢氏も喜んだ。

 ところがその後に豊田自動車の奥田会長の「(ミサワの再建は)産業再生機構に入ってからの問題だ」という再三にわたる発言などがあり、動きが変わってきた。産業再生機構に入れるには産業再生法22条第1項で「過大な債務を負っている」ということである。ところがミサワホームはキャッシュフローで債務を8・8年で返済できる会社であった(05年3月期中間決算による)。

 普通では考えられないことが起きた。ミサワホームは12月7日に05年3月期の中間決算の修正をした。半月しか立たないのに修正するのは異常である。税引き後の利益を100億円から5・5億円に減らした。過少に修正した。この結果、ミサワホームは過大な債務を抱えることになってしまった。

 ミサワホームの監査法人はカネボウの監査を担当していた「中央青山監査法人」である。三沢氏は中央青山監査法人の上野理事長(当時)とは親父の代から親しくしてきた。その監査法人がこうした決算を認めることは許しがたいことであった。
 

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