ミサワをトヨタに追いこんだ7人の侍

 ミサワホームは産業再生機構に入って再建を目指している。ミサワの創業者の三沢千代治氏は再生機構に入れないでも再建は可能であったという。それをトヨタ自動車がミサワホームを取るために「7人の侍」が動いた。黒沢明監督の映画とは違って「義理と人情」は無い世界である。最初の侍は日本経団連の会長でトヨタ自動車の会長でもある奥田碩氏である。奥田氏は上司である豊田章一郎・名誉会長が始めた住宅事業を業界11位からなんとか形にするのが使命(ミッション)でもある。

 97年4月に西垣・東海銀行頭取が三沢氏を名古屋の本店に呼びつけて、豊田自動車との資本・業務提携を申し入れた。この申し入れを行なわせたのは奥田氏である。

 03年10月に日本経団連会館に三沢氏を呼びつけて、トヨタ自動車がミサワホームを買収する申し入れをした。三沢氏はこれを断わり奥田会長とは喧嘩別れになった。

 さらに04年11月にミサワファンドによる再生構想が出た時に奥田氏は「再建は産業再生機構に入ってからだ」と再三にわたり発言し、ミサワホームの信用を落とし、販売量が減り株価も下がった。三沢氏は奥田会長に3回ほど手紙を書いているが、返事は1回もこなかった。

 麻生総務相が奥田会長に「ミサワの問題はどうなっているのか?」と聞いたとき奥田会長は「法務室で検討したが問題無いと言うことです」と答えた。今回の買収に付いては成功した、と判断している。
次ぎの侍は竹中平蔵・郵政改革担当相である。竹中氏は金融担当相の時にこの問題を担当した。

03年10月に奥田会長と会う時に前日に「明日はよろしく。私は職務上出られませんが」という電話をかけている。竹中大臣はメガバンクは三つで良いという考えであり、UFJ銀行はなくてもよいという考えであった。そうしたことから不良債権処理の上からもミサワホームはトヨタ自動車に面倒を見てもらうのが良いと判断した、ようである。さらにトヨタ自動車の岸本周平・渉外部長は04年7月に行なわれた参院選で竹中候補の応援で実質的な選対部長を務めた。竹中大臣と奥田会長は経済財政諮問会議のメンバーで親しい関係にある。 

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