不良債権を押しつけ三沢社長の首を取ったUFJ銀行

 UFJ銀行はミサワホームが抱えていた不良債権を処理するために二度にわたり1700億円の支援を行なった。この責任をとって三沢千代治社長は03年12月に名誉会長に退いた。UFJ銀行というよりも東海銀行がいろいろな不良債権を子会社のミサワバンに押しつけてきた。トヨタ自動車も「質素と倹約」でミサワホームの関係者に迷惑をかけたことは前回書いたが、銀行はもっとひどいことをやり三沢社長の首を取った。

 ミサワホームはバブルの時代にリゾート開発を子会社のミサワバンを中心に手がけた。三沢社長もアメリカなどにあるゴルフ場の中に住まいを作るというのが理想と考えた。しかし、こうしたリゾート開発はバブルがはじけるとともに不良資産となった。

 UFJ銀行になる前の01年3月に東海銀行はミサワホームの支援策として350億円の債務免除と350億円の優先株の支援を行った。さらに04年2月には2度目の支援であるUFJ銀行が1000億円の優先株の支援を実施した。ミサワホームは銀行から1700億円の支援を受けた、ことになる。

 これに対して三沢氏は次ぎのように反論している。バブルの崩壊で東海銀行は不良債権をミサワバンに押しつけてきた。東海銀行からミサワバンに出向してきた丹戸喜一郎常務の指揮で18件の迂回融資を行なった。このうち回収できたのは6%で残りの94%389億円は焦げ付いている。

 この融資の中には、建設中の岐阜県のゴルフ場やオーストラリアのゴルフ場まで含まれている。モジリアーニの絵を2億円で買わされたのもある。

 三沢社長はミサワホームとミサワバンが合併する02年3月にミサワバンの社長の山沢興英氏に命じて調べさせた。この調査をしたのが岩切寛邦部長であった。ところが東海銀行から出向してきたS常務に
 「どうしてそんなリストを作るのか?」
 と質責された。さらに不良債権の回収に励めて強い調子で言われた。こうしたことが重なって岩切氏は04年2月に自宅近くの踏みきりで自殺した。銀行からの出向者の責任は重い、と三沢氏は話している。

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