UFJ銀行とトヨタ自動車は何をしたのか?

 三沢千代治さん。67歳。1967年にベンチャー企業として「ミサワホーム」を作った。4年で東証二部上場にした。それから約40年たちミサワホームは上場企業としてすばらしい業績を残した。住宅業界でトップ企業になったこともあった。その三沢さんが、長年天塩にかけてきたミサワホームを追われて、いまや中国に夢を実現しようとしている。


 私は三沢さんとは建設省(現国土交通省)の担当記者の時から知り合いもう30年近い付き合いになる。三沢さんがマスコミの人を集めて年2,3回開く「三の会」で話を聞く機会もあったので、三沢さんがミサワホームを手放さなくなったいきさつやトヨタ自動車がどのようにして手に入れたかを知りたくなった。というのも私は05年6月に「講談社現代新書」で「トヨタモデル」を書いたからである。この本でトヨタ自動車の住宅部門の「トヨタホーム」について「新事業の失敗と可能性」というテーマで書いている。


 ここでは、トヨタ自動織機織機、トヨタ自動車のオーナーである豊田佐吉、豊田喜一郎氏と続く章一郎氏が住宅を手がけ、失敗している事を書いた。この事業をなんとか形にしようとトヨタ自動車は考えてミサワホームを手に入れたことは当然考えられる。トヨタ自動車は05年5月に資本提携し13・4%を出資し、トヨタホーム東京の中神正博社長を代表権のある専務に送りこんだほか、執行役員に東海健生・トヨタ自動車住宅企画部長を出した。


 ミサワホームはトヨタホームの軍門に下った形になった。ミサワホーム創業者という名詞を使っている三沢さんの無念の気持ちはいかばかりか?三沢さんはトヨタ自動車の奥田会長(日本経団連会長)や竹中.総務相などを相手に訴訟も辞さない考えのようである。素浪人になった三沢さんの意見や考えは新聞やテレビに出ないので、これから三沢さんの無念のうちを書くつもり。

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