産業再生機構入りは12月にバタバタ決まる

 水谷和生社長の三澤千代治さんへの反論は、産業再生機構入りのことでも続く。
 三澤さんは最初から産業再生機構に入れようとして7人の侍が工作した、と言っていますがそんなことはありません。私も「産業再生機構に支援要請した事実はなく予定も無い。世間の一般認識からして機構入りはブランドイメージを損なう」(04年12月8日の日経産業新聞)と言ってきました。ところが支援要請をしていたトヨタ自動車側は産業再生機構に入ってから支援する、という姿勢でした。トヨタ自動車の奥田碩会長(当時)は04年11月29日のあるパーティーの席で「(ミサワホームの救済は)産業再生機構に行ってからの話だ」と発言した。この発言を読売新聞が大きく報道した。
 トヨタ自動車としては創業者の三澤さんの影響が大きいのでは手が出せないという考えだった、のでしょう。ミサワホームの水谷社長はこの発言に「困った」と思った。産業再生機構入りはブランドイメージを損なうからである。大阪のミサワホームの10人の株主は「奥田発言は撤回すべきである」という記者会見を開いた。
 奥田発言がきっかけになり決算修正が行われ、含み損が資産評価(デュウディリ)で1600億円あることが分かるなど、バタバタと動きが出始めた。12月中旬に産業再生機構に頼まざるをえなくなった。それと同時にスポンサーを探さなくてはいけないということでトヨタ自動車に正式に支援要請をしました。産業再生機構の応募締め切りの12月28日に駆け込みました。三澤さんの言うように10月ごろから産業再生機構入りで動いていた、ということではありません。
 産業再生機構はトヨタ自動車に再建の支援を頼むかどうかは「分かりませんよ」という。支援企業の応募をしてその中から一番良いグループを選びます、という。20社〜30社の応募があり3社に絞られて、最終的には3月末にトヨタ自動車グループに決まりました。
 今から思うとトヨタ自動車は三澤さんの影響をミサワホームからなくすために産業再生機構を使った、ということはいえるかも知れません。三澤さんにとっては産業再生機構入りは心外だったでしょうね。
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