自分の城は自分で守れ

 今まで米国の景気に支えられてトヨタは空前の売り上げと利益を上げてきた。ところが昨年夏からサブプライムローン(低所得者への高い金利の住宅ローン)の問題が起きて、米国の金融・経済情勢が悪化して、それが世界中に広がってトヨタにとっても自動車の売り上げが急激に減ってきた。
中国についてみるとまず北京オリッピックが終わってから不動産価格が下がり始めた。国家発展改革委員会が10月22日に発表した9月の主要70都市の不動産販売価格は前月に比べて0・1%下がり、2カ月連続のマイナスになった。昨年春ごろから全国で不動産の価格が急騰してバブルのような様相を見せてきた。ところが中国人民銀行総量規制など実施して金融引き締めを強化したことから不動産価格が下がり始めた。
不動産不況が深刻化してマンションなどは1千万円値引きしても売れない状態になっている。こうした不動産不況が中国経済の足を引っ張って7−9月期の国内総生産(GDP)は前年に比べて9・0%増加した。成長率が1ケタ台に落ち込んだのは05年10−12期以来のことである。2ケタ台での成長してきた中国経済もここに来て足踏み状態になったといえる。
不動産の売れ行きと自動車の販売はかなり似ている。中国の自動車の販売も9月の自動車の販売台数は前年同月比で2・7%減の約75万台で2カ月連続で前年実績を割った。(中国汽車工業会)内訳を見ると乗用車は1・4%減の約55万台、商用車は6・2%減の約20万台であった。不動産などの資産の目減りが消費者の心理を冷やしているのは米国と似ている。
トヨタもこうした米国や中国の経済状況のために08年の世界の販売台数は単体で830万台程度に落ち込み前年実績(843万台)を下回っている。前年割れは98年以来10年ぶりのことである。7月末に下方修正した販売計画(850万台)と比べても20万台も減った。ダイハツ工業と日野自動車を含むトヨタグループの世界での販売台数も前年実績を約7万台下回る930万台程度になり01年に3社合計の販売台数を公表してから初めての前年割れになる。
暗い話が多い中でトヨタは10月27日に吉林省長春市で新工場を建設すると正式に発表した。現地政府の関係者を招いて起工式を行った。中国第一汽車集団との合弁でトヨタとしては中国では7番目の工場になる。投資額は約550億円で年産能力は10万台になる。「四川一機トヨタ自動車」は既に長春市内に「プリウス」など生産する年産1万台の工場を持っている。新工場は別の敷地に作る。生産する車種は「カローラ」の予定である。稼動時期については現在の経済情勢などを見ながら決定する。
トヨタにも逆風が吹いてきたが、倒産寸前の時に社長になった石田退三は「自分の城は自分で守れ」と言って来た。今こそこの言葉をトヨタの社員がかみ締めなければ成らないだろう。
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奥田日本経団連会長との面会は三澤さんからの依頼

 今まで三澤さんがいろいろなところで発言してきたことは、大体分かっています。創業者であった三澤さんが会社を追い出されたのですから、悔しいことは十分に分かります。発言し続けなくては自分が忘れられると言う恐怖もあるのでしょう。だから反論してもしょうがないと言う気持ちもありましたが、今日こうして会うようになったので奥田碩日本経団連会長と会ったときの話をしましょう。
 三澤さんは03年10月14日に竹中金融担当相の口利きで奥田日本経団連会長と経団連会館に会うことになり、待合室のようなところに通されて買収の話をした、ということになってます。私の聞いたところでは次のようなことです。
 三澤さんは竹中大臣の兄であるミサワホーム東京の竹中宣雄社長を通して会うようになったと言いますが、竹中大臣に「そんなことは出来ない」と言われたそうです。それで豊田章一郎名誉会長を通して会う段取りをした、ということのようです。
 私も「トヨタ自動車さんが支援してくれれば信用も増してよいですね。是非、お願いしてください」と言いました。話が終わって帰ってきたときに三澤さんに「どうでしたか?」と聞いたところ三澤さんは「どうもトヨタ自動車は興味ないようだ」というので私は「しょうがないですね」と話した記憶があります。
それが奥田さんと買収の話で三澤さんが断ったと言うことになるのですから、おかしな話です。
 三澤さんはそういう癖があります。勝どきプロジェクトでも社内で自社では断念する、ということを決めた翌日に日経新聞に「ミサワホームが勝どきプロジェクトに着工」という記事が出るのです。私が三澤さんに「おかしいではないですか?」と言うと「日経の記者が来て、聞いたので話した。それがああした形で出てしまった」というのです。三澤さんとしては何とかやりたいと言うので日経の記者に書かした、としか思えません。
 04年8月に三澤さんが名誉会長を辞任したのも、UFJ銀行の指導で辞めさせられた、というのですが、これは中国ビジネスと絡んでます。三澤さんは名誉会長になっても今までどおり、社員を呼んで指示したりしてました。それは仕方がないと思いましたが、中国の仕事をどんどんやるんです。中国は難しいので「ミサワホームの名誉会長としてやるのは止めてください。中国を続けるなら名誉会長は辞めてください。どっちにしますか?」と迫った時に中国を選んだのです。UFJ銀行が詰め腹を切らしたのではありません。三澤さんはマスコミが好きですから、いろいろなニュースが出ますが、ある程度は仕方がないとあきらめています。
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産業再生機構入りは12月にバタバタ決まる

 水谷和生社長の三澤千代治さんへの反論は、産業再生機構入りのことでも続く。
 三澤さんは最初から産業再生機構に入れようとして7人の侍が工作した、と言っていますがそんなことはありません。私も「産業再生機構に支援要請した事実はなく予定も無い。世間の一般認識からして機構入りはブランドイメージを損なう」(04年12月8日の日経産業新聞)と言ってきました。ところが支援要請をしていたトヨタ自動車側は産業再生機構に入ってから支援する、という姿勢でした。トヨタ自動車の奥田碩会長(当時)は04年11月29日のあるパーティーの席で「(ミサワホームの救済は)産業再生機構に行ってからの話だ」と発言した。この発言を読売新聞が大きく報道した。
 トヨタ自動車としては創業者の三澤さんの影響が大きいのでは手が出せないという考えだった、のでしょう。ミサワホームの水谷社長はこの発言に「困った」と思った。産業再生機構入りはブランドイメージを損なうからである。大阪のミサワホームの10人の株主は「奥田発言は撤回すべきである」という記者会見を開いた。
 奥田発言がきっかけになり決算修正が行われ、含み損が資産評価(デュウディリ)で1600億円あることが分かるなど、バタバタと動きが出始めた。12月中旬に産業再生機構に頼まざるをえなくなった。それと同時にスポンサーを探さなくてはいけないということでトヨタ自動車に正式に支援要請をしました。産業再生機構の応募締め切りの12月28日に駆け込みました。三澤さんの言うように10月ごろから産業再生機構入りで動いていた、ということではありません。
 産業再生機構はトヨタ自動車に再建の支援を頼むかどうかは「分かりませんよ」という。支援企業の応募をしてその中から一番良いグループを選びます、という。20社〜30社の応募があり3社に絞られて、最終的には3月末にトヨタ自動車グループに決まりました。
 今から思うとトヨタ自動車は三澤さんの影響をミサワホームからなくすために産業再生機構を使った、ということはいえるかも知れません。三澤さんにとっては産業再生機構入りは心外だったでしょうね。
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決算の変更は中央青山監査法人からの要請

 ミサワホームの水谷和生社長の三澤千代治さんの反論を続けます。何故、04年12月7日にミサワホームの中間決算の訂正が行われてか、について次のように話した。
 その前に三澤千代治さんの話を思い出そう。三澤さんによればミサワホームは産業再生機構に入れるために04年12月7日にミサワホームの3月期の中間決算の訂正をして100億円の税引き利益を5・5億円にまで圧縮した。その前の11月19日の発表では本業に力を入れた結果、順調に再建計画は進んでいたのに1カ月足らずに決算を下方修正したのは産業再生機構に入れるための水谷社長以下の工作で「けしからん」と主張してきた。
 以下は水谷さんの反論である。
 中間決算の後でトヨタ自動車に対して支援要請を主力銀行のUFJ銀行の沖原頭取などと一緒に行いました。これは新聞に報道されています。トヨタ自動車は「出来ることはやりましょう」という前向きな姿勢でした。その一方でミサワホームの資産評価(デューディリジェンス)を行ってきました。その結果はゴルフ場などで1600億円の含み損があることが分かりました。すでに2回も支援しているUFJ銀行だけではとても支援できる数字ではないことがはっきりしました。
 そうした時に中央青山監査法人から決算の訂正をしたいと、言ってきました。というのはトヨタ自動車などの支援が入ることになれば、資産を出来るだけ健全にしておかなくてはならないというわけです。債務について長期間で回収すると言うのではなく、短期間に回収するようにしないといけないというわけです。会計的に言うと引当金の計上基準の変更です。
 中央青山はミサワホームの担当者のほかの公認会計士を入れた審査会というか審議会を通して監査証明を出すそうです。その結果、中間決算の数字を下方修正しないと証明書は出せない、と言ってきました。私は「冗談じゃありません。それでなくてもミサワホームは経営不安が言われています。訂正などしたら火に油を注ぐようなものだ」と反論しました。しかし、中央青山は「下方修正しないなら監査証明は出せません」の一点張りです。監査証明が無ければ上場廃止になるのでやむをえずに決算を修正しました。三澤さんの言うように産業再生機構に入れるために中央青山などと組んでやったわけではありません。そこを理解して欲しいです。
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勝どきプロジェクトの真相

三澤千代治さんは都心の一等地にある中央区勝どき6丁目にある「勝どき6丁目再開発プロジェクト」に付いて、ミサワホームの処理はおかしいと言ってます。今まで沈黙していましたが説明しましょう。この土地はもともと日本食糧倉庫が持っていたのを、業績が悪化したので三澤さんが会社を買収しました。ミサワホームの子会社の不動産流通会社の「MRD」と合併させました。1万坪(33000平方キロメートル)の土地を活用してミサワホームの財務改善に役立てたい、というのが三澤さんの考えでした。ところがこの土地も資金が不足してきたミサワホームが資金を調達するのに担保に入れたので、簿価で1坪850万円になってしまいました。
 私たちもこの土地を遊ばせているわけにも行かず、いろいろな活用方法を考えました。この土地にマンションを2棟作るのに900億円掛かります。東京都の建設許可が下りたので、協力してくれるところを探しました。都市基盤整備公団(現在のUR都市機構)と組んで開発しようとしました。資金はこちらで持ってくれというのです。その頃はとてもそんなカネは出せませんよ。UFJ銀行も出せませんと断ってきた。東京都は許可を与えたのだから早く開発して欲しいといってきました。
 いろいろな企業を回りましたが、最終的にこの近くで再開発をしていた住友商事と組むことにしました。住友商事は日本食糧倉庫の買収に名乗りを上げましたが、ミサワホームに負けたと言う因縁の在るところです。三澤さんはUFJ銀行がカネを出さなかったから住商に取られてと言ってますが、とてもそんなカネは出せなかったです。三澤さんは住商に153億円の破格の金額で譲渡された、と言ってますが、簿価はいろいろなものの担保に入っていましたからこの値段で売るのが精一杯でした。
 三澤さんは住商は安い値段で土地を買っただけでなく、中央区から50億円の補助金も手にしている、と言っている。「巨大プロジェクトであるので引き受け先が限定されるとしても、これほどの安値で譲渡される必要があるのか」と主張しているが、私としては簿価が800億円などなかった、事を分かって欲しかった。良くこの土地の再開発が出来たとさえ思っています。
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